2012年5月16日水曜日

言葉を変えずに伝えてみる

東日本大震災の後、家をなくした私の実母と
私たち家族は、同居を始めました。

私が母と暮らしていて、
心地いいと感じること。
それは、自分の気持ちを、
言葉を変えずに、ストレートに
伝えてくれることです。

これが、家族間で大きなトラブルが生まれない
一つの理由でもあるような気がします。

母は、「これをやって欲しいの」
「それは私がするから、しなくていいわ」
「これ欲しいな」「それは私には必要ないわ」と、
かなりハッキリ、私たちに伝えてくれます。
そして、「私の言葉はそのまま受け取って
ちょうだいね。裏はないから」と笑います。

わかりやすいから、
「本当はこう思っているんじゃないか?」
「こうしてあげた方が良いんじゃないか?」
なんて、変に想像したり、気を使う必要がなく、
気持ちが疲れずに済むのです。

ある人がこう言っていました。
「私がね、『お皿は洗わなくていいわよ。
私がするから』と言ったら、
うちの嫁、本当に洗わないのよ。
気が利かないでしょう?ビックリしたわ」

これを聞いた私の方がびっくりです。

人は皆、感じ方も、思いも、考え方も違うのだから、
「口に出さなくても、私の気持ち、
わかるでしょ?」
「想像してよ!」は、難しい。
それは自分の両親でも、娘や息子でも、
夫でも同じこと。ましてや他人ならなおのこと。

言葉を変えずに、今の正直な思いを伝える、
お互いを、誤解を少なく理解するには、
とても大切なことです。

母が近所のお花屋さんで
ガーベラを買って来てくれました。
お花屋さんが、「美穂ちゃん
ガーベラ好きでしょう?」と
言ってくれたのだとか。

好きなお花を
覚えてくれている人がいる、
嬉しいな~。


※若松美穂さんをナビゲーターに、第4回ペンギンのお茶会を開催します! 詳しくはこちらをご覧ください

2012年5月9日水曜日

ちょうどいいところ

友人が言います。

「うちの子、人とうまくやることは
得意みたいなの。小学校でも、
ありがたいくらいにトラブルはないのよ。
でももう少し、積極的になって欲しいのよね」。

親のない物ねだりは私にもあるから、
彼女の気持ちはわかります。

「そっか、でも、積極的じゃないからこそ、
優しいとか、人当たりが良いって
言われるんじゃないの?」と私が言うと、

「まっ、そうなんだよね。
どっちもちょうどいいくらい……なんて子
なかなかいないか」と友人。

二人で「ね~」と笑いました。

積極的であれば、発言量も多い分、
人と、意見の違いが生まれます。
意思や思いが強ければ、
人を自分の思い通りに動かそうとして
ぶつかることだってある。

消極的な子は、我慢することや
人のいいなりになることはあっても、
上手に人に合わせることができるから、
その分、思いやりがある、
人とうまくやれると評価されることもあります。

我が家の娘は前者が次女で、後者が長女。

長女は先生に、「授業中の反応や
授業中の発言が少ない」
「もう少し積極的に、リーダーシップを
とって欲しい」などと
言われることが多くありました。
(小・中学校時代)

次女は「ああしたいこうしたいが多い」とか、
「態度にハッキリ出過ぎる」と
言われることがあります。

もちろん、指摘していただいたところは、
彼女たちに伝えますし、
直せたらいいね……と助言はします。

でもね、そこは、マイナスのようで、
その子のいいところでもある。

「どっちもちょうどいいくらい」は
理想ではあるけれど、偏りがあるのは
仕方がないことのような気もします。

成長するにつれ、“ちょうどいいところ”を
自分で見つけてくれることを期待しよう。

空や雲のように
色んな表情を見せてくれる子どもたち。
それが悩みの種になることもあるし、
親の楽しみになることもあるんだよね。

2012年5月2日水曜日

方法はある

新聞に英語のことわざ問題が載っていました。

Where there is a will, there is a____ .

答えは way (方法) 
「意思があるところに方法はある」

日本語の、『為せば成る』に近い言葉のようですが、
いきなり「成る」よるも、
「成らなくても、それに近づく方法を見つける」方が、
身近な一歩を踏み出せる気がする。

どちらにしても、まずは自分の意思。
「こうしたい」「こうしよう」が大事なんだな。

小さいころから、よく言われていただけではなく、
実体験から「そうだな」と感じることも多くある。

だから、娘たちにも伝えます。
「まず、思おうよ。願おうよ!
すべて、そこから始まるんだから」と。

それを聞いた次女。
「そうか!よ~し、私、嵐のニノ(二宮和也君)と
結婚する。うん、できるような気がしてきた!
その為には……」。

思わず笑っちゃうけど、それも良いと思う。
したいことを考えるだけでも
楽しくない?ワクワクしない?


夢って、そこから始まるんだと思うよ。


2012年4月26日木曜日

ありがとう

時々、お手洗いに入ると
「きれいに使っていただき、
ありがとうございます」
というような張り紙を
目にすることがあります。

先に言ってしまうことで
「そうしよう」と思わせる効果があるとか。

これ、子どもとの会話に入れてみると、
確かに効果的だなと思うことがあります。

我が家は、ゴミ捨ては子どもたちの役目。
・・・といっても、最近は家を早く出る
長女に代わって、ほとんど次女の役目。

朝、ねむい目をこすりながら食事を取り、
なかなか機敏な動きができない次女に
「ゴミは外にまとめてあるから行ってね」
というと、なんとなく不機嫌に。

言っているこちらも、あまり気分が良くない。
「あおちゃん、いつもゴミ捨て行ってくれて
 ありがとう。今日もお願いね」
というと、なぜかすんなり
「うん」と帰ってくる。

行ってくれたらもう一度、
「ありがとね」。
今度の「うん」はもっと元気。

「ありがとう」という言葉には、
人をやる気にさせる力も
あるのかもしれない。

被災地・宮城県女川町で手作りされている
木製のキーホルダー。
“おさかな ドット onagawa”の文字に
「魚がどっと取れますように」との
願いを込めて。

作ってくれてありがとう❤

2012年4月19日木曜日

自分を責めることも悪くない


相変わらず DVDで「24」を
見続けている私。今はシーズン4。
ファイナルまで、まだ先は長いです.


その中で、家族を亡くし、
悲しんでいる女性に、妻を亡くした上司が
声をかけるシーンがあります。

彼の言葉に、私はハッとして、
思わず、巻き戻しました。

「ため込むのはよくない。
泣いて、神をなじり、
自分を責め、また泣くといい。
友だちに頼ればいい」

私たちはつい、大事な人を亡くした人に
「自分を責めないで」と声をかける。

でも、そばにいた人が亡くなった時、
自分を責めないでいられる人は
少ないと思う。

もっとこうしていれば、
ああしていれば、違ったかも。
どうしてこうしようと思えなかったんだろう、
思わなかったんだろう。


私たち家族も、父が亡くなった時、
皆が同じように思っていました。
自分を責め続ける母に、私は言いました。

「お母さんのせいじゃない。
津波が、お父さんから
全てを奪っていったせいだよ。
体調も気持ちも、おかしくなるよ」と。

でも、母に言う言葉とは裏腹に、
私は自分を責めていました。


もしかしたら、
とことん自分を責めることで、
救われることもあるのかもしれません。

自分を責め、考えても考えても、
それ以上のことはできなかったと知った時、
結果は、変わらなかったと気が付いた時、
初めて、死を受け入れることが
できるのかもしれません。


父が大好きだった、
宮城県松島市にある、
『円通院』庭園。

これは冬の景色だけど、
これから、どんどん
表情を変えて行くんだろうな。




2012年4月10日火曜日

うれしい気持ちが先か 笑顔が先か


嬉しいこと
楽しいことがあるから
笑顔になれるのか

笑顔でいるから、
嬉しい気持ち、
楽しい気持ちになるのか

本で、テレビで、
カウンセリングの授業で、
何度も耳にした言葉です。

どちらもあるのだけれど、
笑顔でいることで、
幸せを呼び寄せることはある気がする。
磁石みたいに。

笑顔でいる人には
話しかけたいと思う。

「そばに来てもいいよ」と
言ってもらっている気がする。

その人の話を聞くことで、
幸せのおすそわけをいただけそうな気がする。

何より、自然とこちらまで笑顔になる。

初めは無理に……だって良いんだと思う。
いつの間にか、それがクセになって、
本当の笑顔になる時が来るから。

「はなかっぱ(NHK)ですけど何か?」
こんなものをつけ、真面目な顔で
宿題をする二女。思わず笑ってしまう。


2012年4月4日水曜日

愛を伝える

戸塚ヨットスクールを描いた、
「スパルタの海」というDVDを観ました。
主演の伊東四朗さんが若い!
(ということは、ずいぶん前の作品です)

本当は戸塚ヨットスクールの今を描いた、
ドキュメンタリー映画「平成ジレンマ」
を観たかったのですが、レンタルがなく……。

私はこの件について、昔、
テレビで得た以外の情報は持っていないし、
描き方というのもあるから、
どこまでが本当かはわからない。

ただ「平成ジレンマ」を観た方が、
「見方が変わるよ。
あの当時の報道だけでは、
わからないことってあるよ」と、
教えてくれたように、
私も、気がついたことがあります。

子どもたちに被害
(という言葉が適切かどうかはわからない)
が及ぶ場所であるのなら、
子どもをそこに預ける人はいなくなるはず。

でも、そうじゃない。
そこを頼る親がいるから、
必要とする人がいるから、
スクールがある。

全員ではないにしても、
親では手に負えないから、
そこの大人たちが、
代わりに育ててくれているともいえる。

子どもには、愛を伝えることが大事。
それはいつも思っているけれど、
伝え方を間違えてはいけない。

愛を伝えているつもりが、
単に子どもを縛ったり、
親の思い通りに動かしているだけ、
甘やかしているだけということもある。

私は、親としてどうだろう?
またひとつ、自分の子育てを、
考えるきっかけをもらいました。

~メリーゴーランドに乗って~
子どもたちの未来が
明るいものになるよう、
私たち親も、努力が必要なんだな。